力士しか掴みえない、舞の海氏ならではの人間観、社会観、もちろん相撲観には、やはり、これは!というものがあります。本場所の本質は優勝レースではないということ、お客様に見ていただいているという意識の重要性は力士にとっては精神論ではなく実務論であるということ、40年以上前にすでにビデオ判定を導入するなど大相撲ほど勝敗の公正公平にこだわる競技もないということ、大相撲ほど機会平等・実力一本な世界はないということ、氏の師匠の故・佐田の山の思い出、矛盾とあいまいに満ちた土俵の世界など、次の本場所が楽しみになる話が満載です。名勝負・平成3年11月場所の対曙戦も、本書中で解説されています。
また、舞の海氏は、相撲史上の重要人物として、明治期の常陸山谷右衛門(1874~1922)を特筆しています。常陸山は、第19代の横綱。弟子を連れて自費で欧米外遊し、セオドア・ルーズベルトに会い、ホワイトハウスで土俵入りを披露し、フランスへ回って彫刻家のロダンと会見しました。また、常陸山が現役中に著した『相撲大鑑』は、歴史、組織論にわたる、豊饒な総合研究書です。大相撲にある武士道的潔さは、実に、常陸山が整えた相撲でした。そのあたりのこともじっくり述べられています。
神話時代から現代にいたる「相撲の日本史」も別項でまとめられています。マワシと髷のスタイルは古代から変りませんが、宮中行事、神事、勧進、定期興行と変遷してきた大相撲は、ひとつの型が、いかに時機を見て、ビジネスモデルを変え、千数百年を生き延びてきたかの歴史でもあります。